剣町柳一郎の日々のつぶやきや愛読書、歴史エッセイなど楽書きしていきます。

同人誌「櫻坂」

歴史時代物・同人誌

「櫻坂」は毎号、当地金澤を中心に描いてきました。発刊以来、はや十年。
テーマとなる時代は古代から戦国、江戸、大正・明治までいろいろ。
加賀鳶あり、切支丹あり、一揆衆、俳人、目明かし、
上絵描き、剣客と登場人物もいろんな顔をしています。
むろん、本格的な郷土の歴史論文も掲載されています。
昔生きていた人を動かすのは、なかなか楽しみです。
歴史上、有名な武士や職人だけでなく、路地裏に住む名も知られない
人を描くのです。お気軽に、「櫻坂」にご参加ください。
歴史・時代物「櫻坂」は、歴史を知らない人に読んでもらうものです。
注文のメール、同人参加希望のメールをお待ちしています。

櫻坂4

「櫻坂」十六号から十八号までの書き出し。剣町柳一郎の。

「闇鴉」
トミの独白
政吉のことを聞きたいっていいまさるか。あなたさまはどなたか存知あげませんが、ちょうど暇もできましたから、話してあげますかいね。そのうち、政吉が帰ってきますわいね。ま、わたしの知っているかぎりの政吉のことになりまさるがねえ。
若い時から、夫の政吉はやくちゃもない大男やったわいね。躰が大きくて、坊主頭で見た目にもそれは怖く、その上に乱暴者で喧嘩早い男やった。初めて逢った時、なんとおそろしやと思いましたがです。けど、どこか爽やかな心を持っておりみした。わたしけ? 鶴来の煮売酒屋池田屋に、金沢の東の新地から連れられてきたがです。

「玉響の人」
明治四十二年八月二十一日、十年ぶりに金沢を訪れた河東碧梧桐は町の彼方に見える医王山の峰々が靄っていた。金沢停車場に降り立ち、ひと雨来そうだなと思った。
齢若い書生が迎えに来ていた。開口一番、心に気にかけていたことを口にしていた。
「君、富女という俳人を知っているかい」
「俳句をなさる方ですか」。彼は眼鏡を人差し指で持ち上げて訊ねた。
「ああ、竹村秋竹について俳句を学んでいた女性だよ。吾が恋は林檎の如く美しきの句をつくった人だ」

「玄蕃を撃った男」
河内国大場では久しぶりの夕立だった。
願得寺の御堂の屋根を打つ雨音を耳にしながら、実悟は火気のない長火鉢の前につくねんとして座り、先ほど学侶から耳にしたことを思いおこすと、今さらながらに腹が立ってきた。あの剣村が燃えて灰になってしもうたとは信じられない。
・・・わしがあの剣村に住んだのは二十二歳の時から十七年間だった。

「龍之介の嘘」
大正十三年五月十五日の朝。欄干に両手をつきながら、金澤の風には色がついているならば碧だなと龍之介は思った。昨年の関東大震災のことが夢のようでもある。町には喧噪もなく、人の声さえ届かない。未だに江戸の遺産に抱かれて眠っているようである。その長閑さがいつもなら睡眠薬を常用とする龍之介の心を癒やしてくれていた。茶室の奥で、滝が水音を立てている。背伸びをして深呼吸をする。ひんやりとする大気が口の中へ流れ入っていく。想い出すことがある。

「突っ張り留次郎」
ノブがその男に会ったのは祝言を挙げる当日だった。なんて背丈がある、大きな人だと思い、怖かった。男の名は留次郎、能登島半浦から保科家の養子に入ってくれたのである。ノブは十六歳、独り娘だった。父母が早く亡くなり、祖母に育てられていた。式は昭和六年三月、桃の節句であった。新居は七尾町三島町の借家に入った。

「安政五年の炎暑」
その夜、守部和朔は月が浮かぶ夜空を飛ぶ大きな鼯鼠を見た。惣道場から西乗寺へ向かって、月光をふさぐように影を作って飛び去った。一瞬、あたりが暗くなった。魔性の暗がりそのものだった。生きているものとも思えなかった。墨で塗りつぶした紙を夜空に張り付けたようだった。さきほど学兄の幸三から文を受け取ったばかりである。「尾山では十二日、二千人の民衆が向山に上がって、城に向かって『ひだるい、米を寄越せ』と騒いだと。

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