剣町柳一郎の日々のつぶやきや愛読書、歴史エッセイなど楽書きしていきます。

次郎長から唐獅子牡丹へ

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山本長五郎、こと清水の次郎長。史実では剣豪山岡徹太郎とつきあい、清水港に浮ぶ幕臣たちの亡骸を集めて会葬してやった義侠の人と知られる。幕臣の遺体には誰も手を出せなかったが、死んでしまえば官軍も賊軍もないと言ってである。衛星放送でマキノ雅弘監督のシリーズ『次郎長三国志』を見た。原作は「オール読物」に連載された、村上元三氏。三国志とは駿河、遠江、三河の国が舞台の中心だからである。森の石松を演じるのは森繁久弥。明治に入り、次郎長は任侠の人となり、とりわけ広沢虎造二代目の「旅行けば、茶の香り〜」の浪曲で一気に有名になった。映画は占領下で統制されていたチャンバラの解禁と同時である。昭和二十七年十二月の正月映画としてつくられ、以後二年間に九本つくられる。モノクロながら、森繁の出世作になった人気映画である。

色っぽく、投げ節を唄うお仲。投げ節は三味を弾きながら歌詞の末を投げるようにして唄う江戸期の唄。懐かしや、久六の千葉信男、お蝶の若山セツ子、法印大五郎役の好漢、田中春男。若造として出てきて威勢のいい喜代蔵役の長門裕之。 三度笠と縞合羽の股旅物。笑いの中に、男の意地を見せる、おっちょここいの石松。妙に笑いを誘う映画であったのも、戦後十年も経っていなかったせいか。そう言えば泣いてばかりいて、女々しい子分たちだった。追いかける役人はGHQで、追われる日本兵と見立てられる。

マキノ雅弘監督シリーズを通して、今の映画と違うのは、森繁はじめ、子分たちがすぐ泣くことである。なにかにつけて、輪になって涙を流す。「親分!」といい、村から逃げ、村を望みつつ泣く。村人を恨みつつ、村人に迷惑をかけないようにである。次郎長にかって世話になりながら、味方のふりをしつつ裏切る悪役。たとえば、相撲取りのような千葉信男。考えてみれば、映画は浪曲や講談に近かったと思う。再放映で見ただけで、原作は読んでいないが、この「裏切り」はストーリーを面白くさせるだけのものであったのだろうか。吉良の仁吉は裏切ることなく、男となって描かれている。しかし、それが何で粋だろう。密告は人の世の常である。次郎長一家の一宿一飯は友を慕ってのものだったが、友は利を考え、友を裏切るのだ。利は人の不変の欲望だ。そのたびに泣いていては、男がすたるではないか。しかし、法印大五郎、石松、小政が泣けば、観客も泣いた。まさに、昭和二十七年である。広沢虎造二代目の潰れた、渋い声に耳を傾ける人がまだ多かった、良き時代であった。

話はそれたが、九年後、鶴田浩二が次郎長を演じ、長門祐之が石松に。そして、四十三年後の次郎長は中井貴一、お蝶は鈴木京香に。映画だけの変遷から見るかぎり、もはや任侠は出てきても涙は似合わない。浪曲の世界から程遠くなっているようだ。昭和四十一年、やくざ映画は「唐獅子牡丹」「日本残侠伝」となる。一家が群れてさ迷い、戦うのではなく、独りでさ迷うやくざ者、独りで敵に向かう高倉健や藤純子の世界となる。泣かない、斬られない、賭けに強い、幸せを避ける者が銀幕のヒーローとなった。これも、歴史である。

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