剣町柳一郎の日々のつぶやきや愛読書、歴史エッセイなど楽書きしていきます。

文豪とアルケミスト

新聞で、金沢の文学記念館に異変が起きているという記事をよんだ。

異変とは、全国から金沢を訪れる若い女性が急に増えた原因として、「文豪とアルケミスト」のゲーム・アドベンチャーとの関係を記事は指摘していた。ネットで見てみると、漱石から龍之介、中也、賢治、紅葉、鏡花、犀星、秋声と主役として登場する文豪が目白押し。漢字が難しいせいか、皆、その名にルビがふられている。

ストーリーと言えば、国定図書館の蔵書が侵略者の手により、黒く塗りつぶされていくのを、特務司書のアルケミストが文豪と呼ばれる作家をこの世に転生させ、「生きた証を消させはしない」と侵略者と活躍する物語だ。転生した文豪には得意の分野と個人差があるらしい。というのは、概略を読んだだけでゲームはしていないので詳しいことはわからない。僕はネットゲームに手を染めたことはない。帝国図書館の館長、しゃべる猫の登場。脇役者は揃っている。文豪であるイケメン男子の奇抜な服装は、少女漫画から飛び出てきたようである。彼らは「文学書を敵から守れ」というが、守る心があれば一冊でも自分たちの本でも読んでくれと言った方がいいのではと心配するのだが、ここは堪えよう。セルフもキザで、若い女子高校生の心を捉えようとするものだ。漱石や紅葉が吐く言葉ではない。怖いのは、こうした文豪のイメージが真の文豪の言葉や持っている個人性が見失われてしまうことにある。文豪であるイケメン男子は全く別人なのに、鏡花や秋声が新しく転生してイメージ化してしまうことだ。キザとしか言えない朗読CDだって売られている。ゲームは百二十円から五千円まで楽しむに従い、金がかかるようになっている。転生には特別な資材が必要になり、金貨を獲得し、部屋の内装を変えていく? というゲームらしい。ユーザーが七十万人と言われているらしいが、この状態が文学への関心になるだろうか。金沢観光の一つのステップとして捉えるならば、それはそれでいいのかもしれないが…「たとえ魂が砕けても、想いは砕けない」の言葉でゲームを締めくくられているが、それはゲーム開発者の魂胆である。

歴史上の人物が教科書から消えつつあるが、歴史を築いてきたのが人物であることを忘れてはならない。文豪の作品一冊が人生を変えてしまうことも然り。政治家が大学での人文系学問は無用といい、龍馬や謙信、信玄がいなくなれば、歴史は単なる事象にしかならないではないか。漱石や鏡花の作品がなくなれば、時代へのラジカルな批評が消滅してしまう。偽文化こそ侵略者であり、真文化を追い出す。ふと、レイ・ブラッドべリの名作「華氏四百五十一度」を思い出した。この温度は、本が燃え出す温度である。本好きのF・トリフォー監督で映画化されている。

入館者の数が伸びることも大切だが、金沢の三文豪たちが真に伝えたいこともゲーム化せずに伝えてあげたいものだ。せめて、この地を訪れた若者には。それが本当の特典というものじゃないかな。

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