剣町柳一郎の日々のつぶやきや愛読書、歴史エッセイなど楽書きしていきます。

夕べ、不思議な夢を見た

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歴史を語るに、時代劇もついてくる。「座頭市」と「木枯紋次郎」の映画が好きだった。座頭市が火のついた棒をならず者から押し付けられるシーンが哀しいまでに痛々しかった。

『夕べ、不思議な夢を見た、夢見て泣いて目が覚めた…』という歌も好きだった。裕次郎が歌っていた。若かったせいか、夢を見て泣くことはなかったが、なんとなく了解させられ、失礼な言い方を承知ですれば、目が見えない座頭市はどんな夢を見たものだろうか。仕込み杖のさばきも見ごたえがあったが、シリーズの良さは座頭市を囲む活写にある。勝新太郎でなくては出せないユーモラスさもあって、男の愚直さを救っていた。

そして、中村敦夫の紋次郎。山の曲がりくねった道をせわしく歩く木枯紋次郎の破れ笠と汚れた縞合羽。かっこいいとは思えないヤットウ。道場剣法ならず、自然に身につけたであろう喧嘩剣法。貧しさとずる賢さの世の中で、しがらみを避けようとする紋次郎。それでも関わりを持たざるを得ない紋次郎は、自分の穴を見つけて篭り始めた昭和四十年代後半に共感を得たようだ。煤の匂いがする三和土と囲炉裏。街道に面して開け放たれた軒。庭の朱に熟した木守柿。すべてがまだ日本の田舎に残っており、群青から墨を流したような夕闇が谷底に訪れると、人は懐かしさの灯を見た。

座頭市と紋次郎、ふたりとも旅人であり、さすらう男はたいがい詩人となる。さすらう男に宿はなく、いつも一人で歩き、一人に帰っていく。あてがない時、愚直な男はいったいどこへ帰ろうというものか。旅ガラス、または渡世人の物語…行く先がない彼らを見て、人の優しさとは、強さとは何だろうと思った。ひとりで生きようとする者はおのれを社会から切り離すのではなく、切り離された者のような気がしてならなかった。いかがだろう。

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