剣町柳一郎の日々のつぶやきや愛読書、歴史エッセイなど楽書きしていきます。

ゴジラが吠えた夜

BSでゴジラを見る。1954年作。第一作目。

二作目の「ゴジラとモスラ」は覚えている。
厠の前に10ワットの電球が薄暗くと持っていたが、
小用しているときに、背後から巨大な地虫に教われるのではないかと怖かった。
さて、「ゴジラ」一作目、この映画は、ゴジラと言う巨大な怪獣ばかりが前に出てきているが、
久しぶりで見て、映画のテーマの深さに驚いた。
この記念すべき第一作目は、わたしは確か観ていない。
今、新たに観て、実は、ゴジラは水爆実験の犠牲者だったのだと気が付きました。
しかも、ゴジラが東京を襲った後のシーンは、まさに
B29で焼かれた東京そのものだった。その意味で、この映画は戦争の悲惨さを訴える映画でもある。
こういう比喩でしか、戦争を訴えられないところが日本的だ。
当時、水爆がアメリカ産の代物であることが、どうにか遠い比喩でもあるが。
水爆の灰を浴びた第五福竜丸を思い出させる。
それにしても、死んでいくゴジラにはなんの罪がない。可哀そうなゴジラ。
このところ、町に出てきて撃ち殺される熊のように、人の手で殺される生き物だった。
ガイガーカンターが音を立てて鳴り、ゴジラのいる場所を知らせてくれる。
放射能を発するゴジラは永い眠りから覚まされて怒り狂う怪獣で、
まさに日本に原子力を警告するようだった。
ラスト、「水爆が行われた今、あのゴジラが世界のどこに現れても不思議ではない」という志村喬博士。
ゴジラは「反核の立役者」だったのだ。
ゴジラは怪獣ではなく、科学の犠牲者そのもののような気がした。
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