数十年前、戦中に女学生だった某夫人から
予備学生たちが出征する前夜、夜を通してクラシック音楽を
蓄音機から聞き、語り明かしたことが
懐かしいと取材中に聞かされたことがある。

その戦中や戦後を描いた「帰郷」浅田次郎著を読む。
兵士はどこへ帰郷しようとするのかがテーマ。
洒落たタイトルだ。短編が六篇。
現と幻が交差する兵士たちの戦場と戦後、闇市。
「無言歌」、「金鵄のもとに」「夜の遊園地」の短編がいい。
「おまえに食われて、一緒に帰国したい」と言う戦友。
人肉を食うシーンは、大岡昇平の小説よりも頷ける。
玉砕後のジャングルでどうやって生きていくか、
その見えてくる視点が新しい。
全編、浅田流の美意識が流れている。
傷痍軍人になるために手を斬り落とす兵。
重い過去を引きずり、故郷に帰れない男たち。
零戦のパイロットだった紳士がジェットコースターに乗れないのは、
余韻のあるラストであった。恋人となるが、結婚出来ない海軍予備学生。
戦争の裏側の切ないストーリーが、人間の哀しさを表現し、
それが出来るのが小説と言うものに違いない。
言葉を選ぶには、言葉の使い方を知っていなければならない。
浅田次郎の小説の面白さ、美しさ、分かりやすさはそこにあると思う。
死んでからの先「帰郷」する場所を持っていない人は、
心が貧しいということだろうか。