料理の味に付いて。
料理を美味しく見せるには自然光に限る。
柔らかな障子越しの光は料理を自然にみせてくれる。
それに、静けさ。空間の広さ。そして、器。
しかし、器はむろん大事だが、
空間も大切である。明かりを付けるならば、黄色い光のほうがいいのでは。
暖かく見せてくれる。見る力は食べる意志でもある。
白い蛍光灯は給食の味を思い出させるから、感心しない。
友人とTに出かけ、中食を摂る。
食事する空間は良いが、頼んだメニューがたいしたことなく、
せめて、「夏のあしらい」を感じるぐらいのセンスが欲しいもの。
消費税にサービス料もとられ、出て来た物は駅弁並み。
「御飯はいくらでもお代わり出来ます」と、
ご飯で腹を満たせてくださいと言うばかりだ。
高いメニューはどこでも美味しく豪勢だが、
廉価なメニューでこそ、店の心意気が知れるというもの。
煮豆も固い。布昆布が二切れ。出し巻きに、本来、
料理人の腕が出て来るものだが、どうも舌鼓は打てない。
小物にこそ手を抜けないはずなのに、多勢の客が出入りするようになり、
妙な自信が生まれたのだろうか。雰囲気料だけは推薦するだけのことがある。
これがMの☆二つとは。私見だが、Mは味を愉しむに弊害かも知れない。
また☆を信じて出かけた小生も、誘われたとはいえ、大いに恥じなければならない。
本による「味の伝言ゲーム」?は、罪作りなことだと思う。