盆に、高校時代の友人が兵庫から訪ねてくれた。
菜園でとれたという冬瓜、南瓜をはじめ
ポーマン、ゴーヤ、胡瓜など持参で。
そして、あの当時の、彼の日記を見せてもらう。
自分の日々も、話したであろう言葉が書かれているのだが、
そんなことがあったっけ、の連続だ。
友人は多い方ではなかったが、いつも彼らと一緒にいたことが
わかる。若い季節は甘くて、ほろ苦いというが、ほろ苦さだけが
湧き上がる。ほとんど覚えていない、
大学時代からすべてが始まったように、中・高時代のことは
無意識のうちに消そうとしていたのかも知れない。
すべてが、田舎から出たいという意識があった。
そのために、懸命に勉強していたようだ。
日記は第三者の目で読みながら、
つまり、つきはなしてみることが今いちばんよい読み方だ。
彼の「生きる」真摯さにも驚いた!
愉しくやっていたんだなあ、とも思う。
それに比べると、自分はいい加減に生きていたんだと思う。
友人たちとはそれなりに役を演じ、懸命だったことに
熱くなった。今夜は、いい夢を見れそうだ。
そして今、田園の暮らしにひたっている。
田舎の鼠が都会に出て、また田舎がいいといって帰った童話のようだ。