戦死の報が二度届けられ、村あげて盛大な葬儀がおこなれたが、とうとう生きて復員した男、佐々木友次さん。二度、軍神にさせられたのだ。ついこの前、九十二歳で亡くなられたが、著者はインタービューが出来た。
『不死身の特攻兵』鴻池尚史著、講談社現代新書を読む。
佐々木さんは陸軍の第一回の特攻隊「万朶隊」の一人として、昭和十九年10月、九九式双発軽爆撃機に八百帰路の爆弾を抱えて、レイテにてアメリカ軍の艦隊へ突っ込む。二十一歳だった。しかし、基地へと帰還する。
九回も特攻を命じられながら帰って来た。ある時は胴体着陸しながら。
参謀長や参謀から罵られ、怒られながらも、神がかりに命が延びていく。「今度こそ、死んでこい」と言われながらも、エンジン故障や爆弾を命中させて帰る。一昨年、私が近在の特攻兵を中心に取材した「特攻への道」に出てくる田中三也さんを思い出す。田中さんは見た。特攻から帰還した零戦が参謀の命令を受け、すぐに爆弾を針金で結んで再び飛び去った飛行兵がいたことを。田中さんは居たたまれないほど哀しかったと言われた。
フイリピンでは、飛行兵は優先的に台湾へ行かれる中で、佐々木さんは「お前はすでに幽霊ゆえに、台湾を渡ることは許されん」と言われ、アメリカ軍の捕虜となった。そのために、日本に復員できた佐々木さん。志願という「命令」で、軍神となることを望む軍の上層部。卑怯者だと叱りつけながら、自分たちはさっさと台湾に逃げ帰る上層部。
空を飛ぶことが好きだった佐々木さん。それに下士官の軍曹だったからでしょうと言う。学徒出陣の予備学生ならば、参謀は基地への帰還を許してはくれなかったと思います、の言葉が心に残る。