先日の、オバマさんのスピーチは良かった。
じつに心がこもっていた。
それに比べると、某国の首相のスピーチは一方的に流れるだけで
心に留まるものではなかった。
なぜああも違うのかと考える。
官僚が作る文ではなく、オバマさんのは文学的でもあった。
暖かかった。心を打った。
「71年前、雲ひとつない明るい朝、空から死が落ちて来て、
世界は変わった。閃光と炎の壁は頭巾を破壊し、人類が自らを
破壊するすべてを手に入れたことを実証した」
名文である。「空から死が落ちて来て」なんて!
「なぜわれわれはこの地、広島に来るのか。
それほど遠くない過去に解きはなれた恐ろしい力に
ついて考えるためだ」ここには、広島に来た理由がある。
「広島を際立たせているのは、戦争と言う事実ではない。
歴史的建物は、暴力による争いは最初の人類とともに
現れたということをわれわれに教えてくれる」
「爆弾が落ちた瞬間を自ら想起し、目の前の光景に
困惑する子どもの恐怖を自ら感じる」
まだまだ記したい箇所があるが、なぜこうも演説ひとつにしても
違うのだろう。冷たい、心のこもっていない文章はすぐにわかる。
口調もある。顔の表情もある。政治的である事を悟らせない。
オバマさんの言葉は久しぶりで心を動かした。
言葉に命と熱意があることを教えてくれた。