鴎外の「雁」のお玉の妾宅があった「無縁坂」を調べているうちに、
本郷周辺の坂や町に興味を持った。
前からだが、暗闇坂、菊坂、団子坂、蛍坂、動坂。
その名からイメージが湧き、興味を持っていた。
坂には魔物が棲むといったのは、鏡花だったろうか。
坂は現実との境で、魔界にはいる入り口。
昔から、坂の上が好きだった。
森川町や千駄木、湯島から旧帝大の赤門へ。
漱石の「三四郎」が歩いた道を地図でたどって行く。
森まゆみの「鴎外の坂」を読む。本には、
坂だけの話ではなく、鴎外が接した女性が三人でてくる。
子どもたちにそそがれる鴎外の眼差しも描かれている。
軍医である鴎外の意外な面も知り得た。
出世を願う明治のエトスは、彼に集まる。
母と妻、子に挟まれた父・森林太郎は慚愧の中で生きようとしていた。
母と嫁の関わり、鴎外を追いかけて来た独逸女性。
妾ながら、母に親しまれた女性。
女性に苦しまれながらも、因業の深さをしる鴎外であった。
森まゆみは「彰義隊」「円朝ざんまい」で、魅せられて来た作家だ。
できれば、森川町など、時代を逆行して歩きたいものだ。
ひょっこりと着流しの鴎外や漱石、啄木、夢二に会いそうだ。
ともあれ、今、「縁切坂」と呼ばずに「無縁坂」と
なぜ呼ばれたのかと考えている。
帝国大学の裏から「無縁坂」を下りると、不忍池に北に出るが、
もう一方を下ると湯島に行く。裏口の正面は
榊原屋敷から中村半次郎(薩摩の)の屋敷に移り、岩崎邸になったのは
明治二十年頃になるのだろうか。
今では、さだまさしの歌で名高いといったほうがよろしいようで。