北方謙三さんの歴史物は以前読んだ「独り群せず」で惹かれていた。
今、新たに「魂の沃野」をよみ、なるほど歴史はホードボイルドだなと
つくつく思った。中国物の連載よりも、このあたりの地が舞台なのも興味深い。
庭で虫を捜す足利義尚がいい。鹿を追いかける小十郎と仲間たち。
弟を成敗する臆病な兄・正親。木の陰で泣く蓮如、
それぞれ登場のさせかたにも工夫がある。
最初の五十ページは遅遅として進まなかったが、以後は一気に読める。
百姓だけでなく、山の民、川の民、革の民などが出てくるのは網野学からか。
山の民・真名という女性の絡ませ方、カムイ伝のナナをふと思い出させる。
加賀の守護・富樫正親は将軍のもとでの天下安寧を願う。年貢の取り立てと、
寺への寄進をする門徒たち。その狭間にあって悩む小十郎。地侍、大坊主、
それに、「念仏は空の音にも、地の音にも聞こえた」と戦がはじまる。
念仏に包まれたと、言わないところがいい。
「なぜ、朝倉のいる福井には一揆が起きないのだ」と訝る正親。
苦胆や毛皮と、海の俵物を交換して銭を蓄えようとするが、無欲な小十郎。
すべて風谷の領民のためである。加賀の一向一揆を分かり易い視点で描き、
搾取する人間と自由に生きようと願う人間を上手く描いている。
「ひと粒の米がもたらす哀しみよりも、やすらかな死が尊いと思います」蓮崇。
「すべてが念仏で終わってしまう。そのために念仏があるのではないぞ」蓮如。
信仰とは何かという大問題を抱きつつ、
ストーリーは進む。走る進二郎。謎の老人、逆間。
戦の方法も具体的で、リアリティがある。
すべて史実に乗っ取らないフィクションだからこそ、
物語を読む楽しさを教えてくれる。
一揆とは明治以後に使われる言葉らしいが、
読者に分かり易く読んでもらうためには
いいと思う。ぐだぐだ言うのは、学者にお任せだ。
数万の門徒の力を借りずに、金沢高尾城まで追い込む小十郎忠高。
「友であったことを思い出してくれないか」と正親。
「思い出すまでもありません」正親の目を小十郎は見ていた。
ラストは、旅に出る小十郎だが、読み進みながら、
やはり「旅」しかないのかという気になった。
セリフが小気味がいい小説は、心を高揚させてくれる。
男文学「魂の沃野」、久しぶりで魂を揺るがせてもらった。合掌。